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 [ 情報交流委員会 ]   2010/09/07 修正削除

                             (株)建築資料研究社 酒井博史

 先日、経済系の新聞で、“合成生物学”という聞き慣れない学問分野が紹介されていた。
なんでも、生物学の世界では、ゲノム解析が一大プロジェクトと囃されていた時代は過ぎ、
いまや基本的な単位の生命を実際に作成してみる段階に入っているそうな。英エコノミスト
誌の関連記事の和訳などが、[ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3551  ]あたりで読める。
 それによると、米国の二人の生物学者が、人工の遺伝子を作成し、既存の微生物の殻を利
用してではあるが、人工の生命を作成したらしい。単なる遺伝子の組み換えではなく、祖先
を持たない生物の作成にあたるとの由。
 少し強引に、これをコンピュータの世界になぞらえてみれば、基本的な回路をハンダごて
で作成したような段階と言えるだろうか。とすれば、次には、小さな機能単位でまとまった
回路のライブラリ作成へ進み、さらに、それらを組み合わせ集積度を上げた、より複雑な構
造体の作成へと進んでいくことは、容易に想像できる。こうした工学的な標準化と高集積化
の方法論の効果は、トランジスタからIC、LSI、さらにその先へと進んできたコンピュータの
世界で、「ムーアの法則」として既に経験済みだ。近年話題のiP○dやiPh○neなどのプロダ
クトも、この爆発的な進歩の中で生み出されてきたものなのだ。
 合成生物学と呼ばれる新しい分野も、あるいはこうした驚異的な進歩のとばくちに、いま、
立っているのかもしれない。何か実用性の高い需要があれば、急速に拡大していく可能性が
ないとは言えない。
 コンピュータの世界においては、新しいプロダクトは幸いにして、私たちの生活にプラス
に寄与する面が大きく、悪意のあるウイルスのようなマイナスは一応抑えられている。同様
に生物学の世界でも、そうなることが期待されるが、色々心配の種は尽きないようだ。特に、
ことが生命に関わるだけに、ウイルスのような技術的な問題よりも、倫理のような深遠な問
題の方がクローズアップされやすい。何と言っても、未来をドラマに仕立てる小説や映画の
世界では、新種の生命がもたらす倫理観の揺れは格好の題材だから、必要以上に煽られてい
る面も多少はあるだろう。
 カズオ・イシグロの小説「私を離さないで」は、臓器更新の用に供される人工の子ども達
を透明なタッチで描いた、やるせない作品だ。人の姿形を持ってはいるが、人と看做されな
い彼(それ?)らに、しかし人の意識は宿っているかに見えるところが哀しい。
 ダンカン・ジョーンズ監督の手になる映画「月に囚われた男」は、同様の問題を巧みなミ
ステリに仕立てた佳作。こちらは、生命の値打ちは自然に生まれたか人工的に生み出された
かに依るのではなく、彼が過ごした時間にこそあるという隠れたメッセージが込められた、
やや肯定的な作品。
 こうした架空のお話が提起する問題は、合成された生命に、人に近い自意識がもし発生し
てしまったら、どう対処すればよいのか、という点に帰着する。その扱いにくさの原因は、
プロダクトがヒトの体に近過ぎ、自律的過ぎる点にある。人の体内に取り込まれるモノに、
もしヒトの意識が宿っていたら、それは確かに面倒なことだ。ヒトというもののアイデンテ
ィティが崩壊してしまいかねない。懸念が現実のものになるはるか以前から、それへの畏れ
は技術の発展を妨げることになるだろう。そこで、もう少し穏やかな技術の指向として、ヒ
トから少しだけ離れたモノから始めるのがよいのではないかと思う。
 ということで、やっと本題に辿りついた。前置きが長くてすみません。ヒトから少しだけ
離れたもの。それは建築であります。
                 * * *
 今年公開され大ヒットした映画「アバター」に、雲を衝くような大きな樹が登場する。先
住民がその中で生活する洞(ウロ)を持った、ひとつの世界とでも呼ぶべき大樹だ。こうし
たものは、神話やおとぎ話の中には頻繁に登場するが、現実にはもちろん存在しない。もし、
これと同様のものを工学的に作ることができたなら、あるいは、空想するだけでも、たいへ
ん楽しい時間を過ごすことができる。鍵は、生命に特有の「自律性」にある。

 この樹の洞の内部では、温熱環境を一定範囲に保つような自律性が働いている。材料はほ
どほどの断熱性を持ち、樹自身の生命活動による熱の放散と、水分の蒸発潜熱による冷却機
能を併せ持つ。樹を支える構造の強度は、荷重に応じて支持部分が成長し太くなるなど、こ
れも自律性を持つ。床は肉厚幅広の葉でどうだろうか。ひんやりと涼しいに違いない。壁や
内装は、それこそ合成技術の出番だ。必要な位置と仕様で取り付け・・ではなく“成長”さ
せる。
 地震力や風力に対しては、樹全体で緩やかに振動を吸収する。不規則に分節しているから、
特定の周波数にも共振しにくい。大きな地震などで塑性変形した部分は、当然、“傷が癒え
る”ように自律的に修復される。多少部屋の形や壁の厚みが変わるかもしれないが、そこは
御愛嬌だ。鷹揚に構えておきたい。住人の上下移動には、刺激に対して収縮する組織を使う。
シダやツタにそうしたものがあっただろうか。屋根はもちろん生い茂る葉だ。太陽光パネル
より効率よくエネルギーを変換し、受け止めた雨の大部分は、樹自体の活動で消費するか、
蓄えて中水として使う。多少の雨漏りは、その下の樹皮で吸収できるだろう。
 突拍子もないイメージではあり、たとえ合成生物学の技術が発達した後でも、実際には、
使いやすく調整された人工の樹肉から製材を切り出して組み立てた方が、安上がりなのかも
しれない。そうではあっても、仮に新しい産業分野を起こそうと思うなら、規模の大きい建
築土木分野は、医療分野に劣らず魅力的ではあるはずだ。
 さて、本当にそんなことが起きるのかどうか、私が生きている間はたぶん無理だろうとい
う安心感に逃げ込めるのが、このお話のお気楽なところではあります。
                 * * *